救われないお話だと思うので、悲恋系は受け付けない…!という方はご注意ください。
しかし、ルドガーに引き続き、どうしてこうなった。
誰か私に、あの兄弟が幸せになれる短編ネタをくれないか…。
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「…もうついて来るなと、言わなかったか?」
ため息とともに振り返る。びくりと肩を震わせた少女は、ユリウスの厳しい眼差しにおどおどと視線を泳がせながら答えた。
「す、すみません…でもあの、他に頼れる人もいなくてっ」
「俺も"頼れる人"じゃない」
冷たく告げれば、少女は肩を落として俯く。それでも、ユリウスがまた歩み出せば後ろをついてくるのだから案外図太いのかもしれない。ユリウスは深々とため息を吐いた。
「…ルドガーたちと一緒に行けばよかっただろう」
「す、すみません。つい」
ユリウスがルドガーらと分史世界で合流したのは偶然であった。行きがかり上に共闘し、時歪の因子を破壊し、もとの世界に戻ったら――エルと手をつないでポカンと立ち尽くす分史世界の少女がいたのである。また面倒なことに、と思いつつもユリウスはルドガーたちに別れを告げて一人出立したのだ。…したつもりだった。
しかし、あろうことか少女はユリウスの後を追ってきてしまったのだから頭も痛むというもの。
「…当面暮らすのに必要な金は渡すから、何処かの宿にでも身を落ち着けろ」
「えっ…!? で、でも、」
妥協案として提示するが、少女は聞かない。
迷惑だ、という気持ちを全身から溢れさせているユリウスにもめげず、彼女は訴えた。
「も、もうしばらくだけ…! もうしばらくだけでいいから、ユリウスさんと一緒にいさせてもらえませんか」
ユリウスはため息を吐いた。面倒だ、本当に。
「…俺は、君のユリウスじゃない」
彼女は"ユリウス"の恋人だったらしい。
彼女の世界が破壊されて2日。
彼女はまだめげずにユリウスの後を追う。
無視を決め込むユリウスだが、食事をするにも宿をとるにも「お二人様ですか?」と聞かれるのでだいぶイライラしてきた。そろそろ本気で彼女をまこうと決意する。
彼女の世界が破壊されて3日。
ユリウスは全力をもって彼女をまくことに成功し、もとの一人旅にもどっていた。
ユリウスは、ひと気のない路地裏の宿でため息を吐く。見下ろす窓の下では、すすけた路地には不釣り合いな少女がキョロキョロとあたりを見回していた。はやく諦めてどこかへ行け。念じながら窓を離れ「よお、お嬢さん。ひとり?誰か探してるみたいだけど、迷子?」「あ、わ、私、ユ…あ、いえ、なんでも…」「ひとりじゃ危ないよ?よければ、俺と一緒にあっち、行こうよ」「いえ、私は…」「いいからいいから」「あ、あのっ…」テーブルに置いてあった灰皿を手にとる。
窓の下、頭にたんこぶを作って昏倒する男の隣、こちらを見上げた少女が泣きそうな顔で笑った。
少女の世界が破壊されて4日。
ユリウスの少し後ろを少女が歩いて行く。一緒にいるとぎりぎり言えるほどの距離。
少女は、見慣れているけれど見慣れぬ背中に泣きそうになりながら、必死で彼を追いかけた。
ユリウスは、自分を見つめる複雑な視線に気づかないふりを決め込んで、決して振り向かず話しかけず、彼女の名も聞かず呼ばなかった。
少女の世界が破壊されて10日。
リドウの手下が外をうろついているので、宿から出られなくなる。
こんなところで足止めを食らっている場合ではないのに、と歯がゆく思っているところに、控えめなノックの音が響く。この叩き方はあの少女だ。ユリウスは扉を開けた。
「あ」
「…なんの用だ」
そう問いかけたユリウスだったが、扉を開けてふっと漂ってきた香りに目を丸くし、彼女が手に持つものを見下ろす。
「あの…ユリウスさん、疲れてるみたいだったので…よければ」
トマトソースのパスタ。なんで好物が、と抱いた疑問はすぐに消えた。この少女はユリウスの恋人だ。
「………」
「…すみません、余計なことして」
手作りのようだった。宿の人間にキッチンを借りて作ったのだろう。
「…よこせ」
これは自分ではなく、最早いないユリウスが食べるべきもののはずだが、作られたパスタに罪はない。このまま捨ててしまうのももったいないだろう。
においだけで美味しいことがわかる上出来のトマトソースパスタを受け取ると、少女がぽろりと涙を流した。
「ありがとうございます」
おおげさなやつだ、とユリウスは苦笑する。
それを見た少女が声を上げて大泣きしだしたので、ユリウスは慌てて彼女を部屋の中に連れ込んだ。落ち着けようとしてもなかなか泣きやまない。パスタを受け取ったくらいでおおげさな。…そんなに自分はあたりがキツかっただろうか?
自分の振る舞いを省みつつ、一巻きパスタを口に運んで見た。
当然といえばそうなのかもしれないが、ユリウス好みの美味いパスタだった。
少女の世界が破壊されて15日。
パスタに絆されたわけではないが、ユリウスは少女の歩幅を考えて歩くようになっていた。
夕暮れ。後ろに続く少女の歩みに乱れを感じて振り返る。
「あっ」
ユリウスが振り返ったことに驚いた様子の彼女は、底の抜けた靴を片手に、ひょこひょこと歩いていた。右は裸足である。
「すっ…すみません、この靴ボロくて…! つ、次の町に着いたら、適当なもの買うので、お気になさらず…!」
「いや、気にするなってな…」
ため息を吐き、少女に歩み寄る。後ずさる少女から靴を取り上げて見るが、最早修繕の余地はなさそうだった。本当にボロボロだ。この旅での負荷もあったろうが、それだけではなさそうである。
「ひどいな」
「は、はあ、面目なく…。でも私、足の裏強いですし、本当に気にしないでください!」
足の裏が強いってなんだ。おかしく思いながら、ユリウスは少女に背を向けて膝をついた。意図を汲んだのだろう少女が大声でまくしたてる。
「えっ!? いやそんな、まさかおぶってもらうなんて無理です!」
「こんな荒野を裸足で女の子に歩かせるほど、俺は鬼じゃない」
早くしろ。いまもって渋る少女に聞く耳を持たず、少し厳しい声で促せば、恐る恐るといった感じで肩に手が置かれる。旅のせいでだろう、少し肌の荒れた、小さな手だった。いや、女性としては通常の大きさなのだろうが、対象が自分やルドガーなのでそう思ってしまう。
少しだけ、覚えなくてもいいはずの罪悪感を覚えた。
「す、すみません。…お願いします」
「…ああ」
壊れた靴を右手の指に引っ掛け、少女の膝をしっかりと腕で抱え上げて立つ。
「お…重いですよね。ほんと、申し訳ないです…」
「まあ、軽いとは言えないな」
「でっ…ですよねー!」
顔は見えないがショックを受けているのはありありと伝わってきた。
「はははっ…冗談だ」
ほっとしたのか、背負った体から力が抜けるのがわかる。
遠慮しているのか恥ずかしいからなのか、少女は少し体を離して、すっと背筋を伸ばしているようだった。そんな体勢では疲れるだろうに。
「おい」
「はい?」
「…あー…君は、どこで知り合ったんだ。ユリウスと」
体をくっつけろ、と言うのがなんとなくはばかられて話題を変える。が、そちらの方がまずいような気がした。
今からでも、なんでもないと言って話を切ろうか。そう思ったのに、少女の方が先に答えてしまったので引っ込みがつかなくなる。
「…実は、最初のこと、もうほとんど覚えてないんです。気付いたら、その背中を追いかけていて…振り向いて欲しくて」
肩に置かれた手が震えていた。
「全然、相手になんてされてなかったんです。なのに私、しつこく付きまとって。…すごく迷惑だっただろうなあ」
声がわななく。泣いているのだ。もう居ない、愛しい男を想って。
「そうか」
話を切り上げるように短く頷き、視線を足元に落とす。歩調に合わせて揺れる、靴のない彼女の足がひどく頼りなくて、こんな足で追いかけていたのか、とぼんやり考える。
子供のように鼻をすする少女に苦笑を返して、ざわつく胸の内には気づかぬふりをした。
少女の世界が破壊されて16日。
買ってやった靴を履く足を見下ろして、跳ねるように軽やかに少女が隣を歩く。
前を見ないとぶつかるぞ、と声をかければ、少女は前ではなくユリウスを見て笑った。
――ああ。なんとなく、わかった。わかってはいけないことが、わかってしまった。
「…なあ、君は」
「はい?」
「………。いいや、なんでもない」
苦笑を浮かべるユリウスに、少女はそうですか?と首を傾げた。
そうだ、なんでもない。だからお前はただ在りし日の影を追っていればいいのだ。
お前に俺はなにも返せぬのだから。俺も決して、お前になにも望まないから。
だが、叶うならばただ――偽りでもいい、この穏やかな時が今少し、続けば。
少女の世界が破壊されて18日。
終わりは突然に訪れる。彼女の世界がそのようだったのと同じく。
「、っは…」
眼鏡は割れたらしい。視界が歪み、赤い。少女が叫ぶ声が遠い、恐らくもうすぐ聞こえなくなるだろう。
なんてことだ。あっけない。録でもない。俺が望んでいたのは、俺を救った弟を守る道だというのに――こんな路地裏で、素性もろくに知らない少女を庇って倒れようとは。
不甲斐ない。愚かすぎる。それなのに、後悔があまりない自分自身が、可笑しくて仕方がない。
「怪我、は。ない…な」
襲ってきた相手の息はもうない。だが俺も、もう長くもたないだろう。
覗き込む少女のぼやけた輪郭に手を伸ばすが、多分俺の手は血に濡れている。触れることを躊躇っていると、少女の小さな手がしっかりと手を握りしめてきた。
ユリウスさん、と泣き声が名前を呼ぶ。その名はどちらの名だ――と、途方もない疑問で埋め尽くされる自分自身の馬鹿さに笑い、血と共に言葉を吐き出した。
「ああ、そうだ…いつかの、パスタ、うまか、た」
この期に及んで言うことはそれか、と冷静な自分がなじるが仕方ない。思い返してみれば、伝えなければならないことを何も伝えていない。聞かなければならないことを、何も聞いていない。
「、」
呼ばなければならない名を――呼んでもいない。
「………、……」
もうほとんど音をなさない声で、辛うじて、彼女の名を囁く。
そっと耳を寄せた少女が、泣きながら微笑んだ気がした。はい、と穏やかで嬉しそうな声が答える。嗚呼。
その目が映すのが、俺を透かして見た誰かの影だとしても。
その声が呼ぶ名が、俺のものでなくとも。
今、そうして俺に微笑みかけてくれるのならば、俺はきっと、お前の――
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この愚かな繋がり
お題サイト「選択式御題」様
好きなものはゲーム(特にRPG,SRPG)、漫画(ジャンプ系)、映画(邦画より洋画)。オヤジ好きで声フェチ。
最近は悟りを開き、趣味をオープンにしてます。