誰得になるのか私自身も不明な、三國無双6の賈クさん短編です。エンパ設定のつもり。
一応注意書きとしまして、明るい話ではないと思います。
…しかしほんと、サイトにないジャンルの話を書くこと自体誰得?って感じなのに、暗め?な話、しかも賈クさんとか需要少なすぎるだろう自分…(失礼
ちょっと興味ひかれるわ!という優しい挑戦者の方はどうぞ!
--------------------------------------------------
「思えば、あんたとの付き合いも長いねえ」
緊張感のない声。語りかける相手は主君だというのに、軍師である男はひどく気安く、にやりと口元に不遜な笑みまで浮かべていた。それはそうと、壁の向こうがなんだか騒がしい。
「旗揚げのときからだから、もうかれこれ…あー…何年だ? いやはや、寄る年波には勝てないもんだ。思い出せやしない」
ははは、と笑う男には思い出す気などまるでないように見える。
何もかも冗談のように聞かせる軽薄さを持つ男だった。
「しかし、最近のあんたは出会ったときと比べて変わった。悪い意味でじゃあない。…と、俺は思う。周囲がどう思うかはわからんがね? 君主としてやるべきことはしっかり果たす、素晴らしいお姿だよ」
そう言ってまた笑う。しかし、今度の笑顔は先ほどより力がないように見えた。
「金がなければ税徴収。兵がなければ民を使う。使える官吏なら汚れていても構わない。結構じゃないか。今優先するべきなのは、乱世を終わらせることだ。他の者に優しくすることじゃない。どっかの国の大徳みたいに綺麗ごとばかりじゃ、終わるものも終わらない」
なあ、と肩をすくめて男は目を伏せる。
それから顎髭を撫で、少し沈黙した。慌ただしい足音が、扉の向こうで聞こえている。
「…ま、それを悪と呼ぶ輩がいるのも仕方のないことだとも思うがね。だが、あんたに非はないってことくらいわかってるだろう? 全部この俺がそう仕向けたことだからね。あんたはなんだか知らないが、俺に無条件の信頼を置いて、政の仕切りを全部任せちまった。非があるとすれば、まあ、そのことだけだろう」
男の切れ長の目が、主たる女を見た。玉座に腰かけたまま動かぬ女。そっと伏せた目蓋すら上がらぬ。
「俺が言うことじゃないが―――あんたは聡明だが、ちょっとした馬鹿でもあるなあ」
そう呟くと、やっと女に動きが見られた。
口元に穏やかな笑みを浮かべて、目を開ける。傀儡の王と呼ばれるにしては凛とした、清廉な笑みを浮かべる女だった。出会った頃と彼女は変わったが、この笑みだけは変わらない。
「私があなたを重用したことが不思議ですか」
「…まあ。不思議と言えば、不思議だね。どうして、あんたほどの人が信用する相手を間違ったのか」
彼女は笑みを濃くした。扉の向こうの喧噪は強まっている。
「―――あなた。私が何も考えず、何も知らずにあなたの政策に頷いていたと思いますか」
「…そうじゃないのかな?」
怪訝に眉を寄せる男に、やんわりと首を振る。
「乱世を終わらせなければいけなかった。あなたの言うとおり、必要なのは優しさではなかった。停滞してしまった争いを終わらせるためには、強硬な策が必要だった」
「………」
「知っていましたよ、全部」
何を知っているっていうんだ。男はじっと女を見つめたまま、手に力を込める。握りしめる鎌に連なる鎖が、かすかに音を立てた。
「―――あなたは、私に何も知らないままの小娘でいて欲しかったんでしょう」
先ほどよりも大きく、鎖が鳴る。
女は楽しげに笑って、残念、と言った。
「私は、あなたの思い通りにはなりませんよ」
「…、は。そのようだ。あんたは俺が思ってる以上の食わせ者だったらしい」
「そう」
鉄の閂をしただけの扉が激しく叩かれている。あと少しで最後の砦が破られるだろう。
女は玉座に腰かけたまま微動だにしなかった。武器すら手にない。そのことが男には理解しがたく、そして珍しくとても腹立たしいことだった。
「文和」
久々に名を呼ばれた。不覚にも肩が震え、鎖鎌を落としそうになる。決まりの悪さをごまかすために、男はまた笑った。
「なんですかね、我が君」
まったく厄介だ。本来ここにいるべきは彼女ではなかった。彼女に似せた影武者をそれこそ死に物狂いで探したというのに。それを逃がして彼女は何故かここで笑っている。
自分から死のうというのか。義だ徳だとわけのわからぬものを掲げ、綺麗ごとに目をくらませ、自ら乱世を長引かせる。そんな奴らに、おとなしく殺されてやろうというのか。
簒奪。それこそ、最も忌むべき悪逆ではないか。
「私は、あなたの思い通りにはなりませんよ」
二度も言いますか、と男は苦笑した。
「あなたのことだからわかっているでしょう? もう逃げる道もない。このままここで、待つしかないということくらい」
「俺じゃなくとも、わかるさ。…もうそこまで“反逆者ども”が攻め上がってきてるんだから」
「ふふ、そうですね。…ごめんなさい」
伏せられた顔、髪でかげる頬を涙が伝い落ちているような気がして眉を寄せる。
けれど、顔を上げた彼女の瞳は濡れてなどおらず、真っ直ぐに扉を見つめる彼女の瞳は、ただ煌々と輝いていた。
「謝るくらいなら―――なんで、逃げてくれなかった」
そう紡ごうとする唇を引き結び、男はじっと沈黙した。
許される言葉ではなかった。自らに許すことが出来る言葉ではなかった。今さら、心の内を明かすような言葉をこの女に零すなど。
「それでも、何も知らないまま、私はあなたに全てを背負わせてなどあげない。私はすべてを知ったうえで、民の苦しみと怒りを知ったうえで全てを進めてきたのだから。“哀れな傀儡の王”などではない。私はただの“悪逆の王”」
そう言いながら、女はまるでただの女のように柔らかく微笑む。野にいる、男の帰りを待ち家で料理などする、普通の女のように。
「だから私は、ここに、あなたとともに」
「………。ははあ。そいつは、身に余る光栄で」
閂が悲鳴を上げている。かすかに開いた扉の向こうに、怒りと覚悟に強張り歪んだいくつかの顔が見えた。すべてが見知ったものだ。
すっと、女が玉座から立ち上がった。数段の階を下がり、男の隣に並ぶ。それも数年ぶりのことの気がした。
「乱世は終わるでしょうか」
「終わるでしょうよ。俺もあんたもがんばった。不本意ではあるが、この土台の上に彼らが乗っかりゃ天下も近い。民も満足で安泰だ。ちょっとした手違いはあったが、概ねこの賈文和様の計画通りに乱世は終わる」
あんたのことは、この俺でももうどうしようもないが。苦笑を浮かべれば、彼女はいたずらに成功した子供の笑みを返してきた。
「これでよかったと思いますよ。だってあの娘は、私に似ていなかったから。きっとすぐにばれてしまいました」
「そうかい? なかなかだったと思うんだが」
確かに声は似ていなかったが、舌を抜いたから、満足に話せず唸るくらいだからばれる心配も、命乞いをする心配もなかったと―――ああ、でもまあ、やはり、この瞳だけは全く違ったな。
まっすぐに前を見据える目。誰にも真似はできない。並ぶものなどいない。どんな玉よりも美しいと、冗談でも世辞でもなく思っていた。それを口にすることは、ついになかったけれど。
「…あんたのその目に、乱世の先を見せてやれないのだけが心残りだよ」
呟きは、もうすぐ破られる扉の向こうに上がる鬨の声にかき消されそうなほどに小さかった。
しかし女は確かにそれを拾い上げて、ありがとう、と頷く。
男は手にした鎖鎌を床に放り投げた。女の隣にただ並んで立ち、ぼんやりと折れ曲がって外される鉄の閂を目で追う。
「そう? 私には心残りなんてなにも。私はここでいい。…ここがいい」
「…やっぱりあんたは、聡明だが馬鹿だな」
雪崩れ込んでくる兵たち。取り囲み向けられる切っ先。その中央で男と女は静かに笑った。
まあ心残りもあるが―――満足だな。これで十分。ここで十分。いや、過ぎるくらいだ。
最後に、もう何年も呼ばなかった女の名を呼ぶ。
「あんたの隣に立てて、よかったよ」
驚いた顔の後に泣きそうに笑った彼女を焼き付けた。
-------------------------
何処で最後の呼吸をするか
お題サイト「不在証明」様より
好きなものはゲーム(特にRPG,SRPG)、漫画(ジャンプ系)、映画(邦画より洋画)。オヤジ好きで声フェチ。
最近は悟りを開き、趣味をオープンにしてます。