TOGマリク教官、予想外にご好評をいただき驚きです。ありがとうございます!
そしてまさかのブログの小話にも感想くださる方がいらっしゃり…! もう本当、めちゃくちゃ喜んでおります。
というわけで、調子こいたモノクロがまたも小話を失礼いたします。
原作前のユーリと貴族のご令嬢。気持ち若めなユーリを意識したつもりが撃沈です。
以下、読んでくださる方は、どうぞ!
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いつものように玄関ではない場所からその部屋へと赴けば、椅子に腰かけて刺繍をしていた女がきょとんと目を丸くした。
「あなた、いつもどうしてそちらから来るのですか」
正面から来ればよいのに、と言う女に、はあ?と思わず気の抜けた声を出してしまった。
「どうしてもなにも、あんた、自分とオレの立場わかってねぇのか?」
「もちろん、わかっていますよ。私は学があります」
「私“は”ね…」
こいつの無意識なのか意識的なのかわからない失礼さは、なんともイラつく。
頬をひきつらせるユーリに対して笑顔の女は、ことりと首をかしげて見せた。
「でもあなた、確か騎士団に入ったはずでしょう」
「なんだ、知ってたのか」
「学があります、と言ったでしょう」
「いや、学とは関係ねぇだろ。ほんとに頭いいのかよ…」
窓枠に腰かけたユーリは脱力し、立てた膝に顎を乗せて溜息を吐く。
穏やかな風が外から吹き込み、ユーリと女の髪を揺らした。乱れるのも気にせずいるユーリと違い、綺麗な身なりの女はそっと上品に髪をおさえて顔をうつむけた。
「でも、あいさつをしに来てくれるなんて。嬉しく思います」
「誰がそんなこと言ったよ」
「だって、帝都を離れる日だというのに、わざわざにここへ来てくれたのだから。別れのあいさつをしに来てくれたのでしょう?」
「…それも知ってたのか」
「やっぱり、別れのあいさつに来てくれたのですね」
「そっちじゃねぇよ。…わかってやってねぇか、あんた」
女はにこにこと笑っている。
「寂しくなります。これからは空気の入れ替えのために、自分で窓を開けなくてはいけませんし」
「嫌味か」
「いいえ、何を言っているのですか。感謝しているんですよ」
「ああ、そうかよ。つーかあんた、いくらここが二階だとはいえ、窓の鍵かけないなんて不用心だと思わねぇのか? 外にはこんな、おあつらえ向きの木だってあるってのに」
警戒心が足りないだろうとユーリが愚痴をこぼせば、女は驚いたように目を丸くした。
ここへ至って、初めて笑顔が崩れたことにユーリも驚いて口を噤む。彼女は、だって、ととても当たり前のように口にした。
「鍵をかけたら、あなたがここへ来られなくなるでしょう」
「………。あ、そ」
女は拗ねたように口をとがらせる。
「正面から来ても構わない言うのに、いつも窓から来るのだから」
「だから、下町の庶民がなんで貴族様の家に正面から入れると思うんだよ」
「私が許可を出しましたから」
「…あんたな…」
「父のあんな顔、久々に見ました。苦虫をかみつぶす瞬間の顔というのは、きっとあのような感じなのでしょうね」
こんな娘を持ったら父親も苦労するだろうな、とユーリは貴族に対して珍しく同情的な心境になった。
「でも、騎士になればもっと正面から入りやすくなるのでは。なぜもう来ないなどと」
「騎士だろうが、こんな家に大手振って訪ねられるわけねぇだろ」
「だから、そこは私が許可を出したというのに」
まったくもってイライラする女だ。わかっているのか、いないのか。
いや、恐らくはわかっているのだろう。ただ、それを理解しようとしていないというか、あくまで知識として持っているだけで、状況に当てはめることをしないというか。
つまり、学はあってもバカなのだ、この女は。決定的に。
「もう来ない。窓からも、正面からもだ」
「そう。それは残念」
残念と言いながら、女はやはり笑う。
わざとらしくともいいからそれらしい顔して見せるべきだろ、とユーリはあきれ果てた。
深々と溜息を吐く。自分はなぜ最後にこんな女のところに来たのだろうか。いや、そもそも、どうして何度もここへ足を運んだのか。好かない、というか、嫌いな、貴族と言う人種の女の部屋に。
もう行く。ユーリはそう口に出して立ち上がった。気が向いたときにふらりと訪れては帰る、それがいつものことだった。女はそれを拒みもしなければ引きとめもしない。
「待って」
しかし今日は違うようだった。いつも腰かけたままこちらに近寄りもしなかった女が椅子を立ち、手にしていた刺繍枠から布を外し、こちらに差し出してくる。
丸い輪郭をした、オレンジの花が刺繍された、ハンカチのようだった。
「なんだ」
「餞別です。知りませんか、別れの時には“これで悲しみの涙をぬぐってください”とハンカチを渡すことが多いのだそうですよ」
「貴族様と違って、オレは学がないもんで」
肩をすくめたユーリに、女は笑顔でハンカチを差し出し続ける。受け取るまで微動だにしそうもないことを察して、溜息を吐いて受け取った。
手触りがいい反面、あまり水を吸いそうにない。これで涙を拭けとは随分不親切じゃないか。
それに
「これ、女物じゃねぇの」
「手作りですから、女物も男物もないと思います。強いて言うなら、これはあなた物です」
「オレ用で、なんでこんな花を縫うんだか」
「ポピーですよ。かわいらしいでしょう」
あなたは下手な女性よりも美人だから可笑しくもないでしょう。成人間近の男に対してなんとも失礼なことをさらっと言う女には溜息以外が出なかった。
手の中のハンカチを見下ろす。やはりどう見ても女物だ。いるかこんなもの、と差し出し返すものの、女は一向に受け取ろうとしなかった。笑顔の中に頑なな拒絶が見える。
「…はあ。わかったよ、とりあえずもらっといてやる」
「よかった。悲しいときには、それを役立ててくださいね」
「誰が…」
開けっ放しの窓から、ひときわ強い風が吹き込んだ。二人の長い髪が吹かれて舞う。ユーリは目を瞠る。
正面から風を受けて目を細めた女の頬を、雫が伝うのを見た。
「―――風が、強くなってきましたね。あなたにとっては順風でしょうか、向かい風でしょうか」
「…さあ。オレには関係ねぇよ、そんなの」
女は踵を返し、もとの椅子に腰かける。頬は濡れていない。
幻だったのか。ユーリは息を吐き、手にしたハンカチを胸元に突っ込むと窓枠に足をかけた。
「さようなら」
呟くような別れの言葉が聞こえた。首だけで振り返る。
「おい、オレが出たらちゃんと鍵かけろよ」
「そうですねえ…」
はっきり答えない女に、ユーリは溜息を吐いた。
「壊す」
「え?」
「次に来るときには、窓も鍵も壊して入ってやる。だからオレが来るまでは、しっかり鍵、かけとけ」
ぽかんと口を開けた間抜け面から視線をそらし、窓枠を蹴って木の枝に飛び移る。
椅子から立ち上がった女が、窓際まで歩み寄った。いつもと変わらない笑顔で、ユーリを見る。
「窓を壊されてしまったら、直すのが大変です」
「知るかよ」
「そう」
ふふ、と女は笑った。
「あなたはそうでしょうから、あなたの姿が見えたら、私が鍵を開けに来ます。あなたが壊す前に」
ユーリはそうかよ、と笑った。
「間に合えばいいがな」
「任せてください。こう見えてもとっさの行動は機敏です」
二人は互いから目をそむけ合った。窓が閉められる。ユーリの足が地面に降り立つ。
ああ、今日で終わらせるつもりだったというのにまた終わらない。なぜあんな女のもとに自分は通う。そんな嘆きをこぼしながらも―――何故か不快さはないのだから堪らない。あの女もバカだが、自分も相当だ。
溜息を残し、言葉なくかわされた約束と女物じみたハンカチを懐に、ユーリはその場を後にした。
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難解な恋心
お題サイト「不在証明」
好きなものはゲーム(特にRPG,SRPG)、漫画(ジャンプ系)、映画(邦画より洋画)。オヤジ好きで声フェチ。
最近は悟りを開き、趣味をオープンにしてます。